こんにちは、小野哲平です。
歌舞伎役者の付き人をしていました。
付き人について知りたい方はこちらをどうぞ! → 歌舞伎の付き人ってどんな仕事?
今日は大向こう(おおむこう)の話。
大向こうって言葉、聞いたことありますか?
おそらく歌舞伎を知ってる人以外は馴染みのない言葉かと思います。
知ってる?
知らないっす…
歌舞伎では上演中にしばしば客席から
◯◯屋!!
と声が掛かります。
歌舞伎を全く知らない人でもなんとなーくうっすらイメージにありますよね。
それはわかります!
その「◯◯屋!」と声を掛ける人、掛かる声。
両方を「大向こう」と呼びます。
また、その掛け声。
↑これだけ知ってるだけでも歌舞伎通っぽいよ!!
使用例
- 絶妙の間で大向こうが掛かる。 → 掛け声
- 今日は大向こうさん少ないなぁ → 人
人の場合は「さん」付けで使うことが多いですね
では、その大向こう。
観客なら誰でもやっていいのでしょうか?
参加資格やルールはあるのでしょうか??
今日はそんなことを書いていきます。
初心者は大向こうをしてはいけない
まず結論です。
大向こうは「素人」が手を出していいものではありません。
ダメ!!
当然、厳密な規則はありません。
歌舞伎の本やサイトによっては「誰でもやってよい」と記載されているものもあるでしょう。
下手すりゃ「怖がらないで挑戦しよう!」みたいなことが書いてあるかもしれません。
じゃあやってみますかね
しばし待たれよ!!!
ここで断言します。
初心者は大向こうをやらない方がよいです。
その理由は以下の通り。
- 芝居が壊れる
- 専門の人がいる
詳しく書いていきます。
理由1 芝居が壊れる
最初の理由は「芝居が壊れる」。
そもそも大向こうって何の為にいるのか、分かりますか?
…芝居を盛り上げるため?
大向こうは俳優の登場や見得のほか、名ゼリフの呼吸の間や所作が決まった瞬間など芝居の最中に客が発する声援の一種です。
じゃあアイドルライブの「○○ちゃーん」みたいなものっすか?
ずばりそうだよ
じゃあファンなら誰でもやっていいんじゃないすか?
そこが今日のポイントなんだ
歌舞伎はあくまでも芝居です。ライブではありません。
芝居であるならば原則として観客は静かに舞台を観なければいけません。
それがルールです。
上演中に役者に声を掛ける大向こうは歌舞伎特有の極めて独特の風習です。
普通の舞台ならありえませんよね?
感動的なシーンで「○○さーん!」なんて声が掛かったらどうなりますか?
その舞台は台無し、同席していた観客は怒り心頭でしょう。
歌舞伎もそれと同じです。
ヘタクソな大向こうは芝居を壊します。
あくまでも演目の「間」、役者の「間」で掛けなければいけません。
大きい声では言えませんが、実際にぼくが付き人で働いている頃に、
「今日の大向こうさん良くないな…」=芝居がやりづらい
と役者が言ってるのも何度か聞いたことがあります。
でもお客さんだから強くは言えないよね…
反対に、
ピッタリのタイミングで威勢の良い掛け声が掛ると、場が盛り上がります。
大向こうは、時に芝居の出来を左右するほどの影響力があるのです。
歌舞伎に精通していない人が安易に手を出していい分野ではありません。
理由2 専門の人がいる
二つ目の理由は大向こうには「専門の人」がいます。
「大向こうグループ」と呼ばれる団体が幾つかあり、
その団体に所属している方が主に声掛けをしています。
え?じゃあ声掛けしたい場合はその団体に入らなきゃいけないんすか?
そんなことないよ
団体に所属しなければいけないという決まりはなく、声掛けは誰でもしていいことになっています。
しかし前述のように、間の悪い大向こうは芝居を壊す恐れがあります。
じゃあ「間」をとればいいんでしょ?
と思う方もいるでしょうが、「間」というものは容易なことでは会得できません。
専門の方は歌舞伎に精通し、大向こうのことも勉強なさっている方々です。
そういう方々がいる、
その事実こそが初心者が大向こうから手を引く理由になるとぼくは思います。
舞台と客席で良い「間」が違う
大向こうの難しさを象徴する言葉を紹介します。
2010年の記事ですがコピーライターの糸井重里が主宰するほぼ日刊イトイ新聞で、
大向こうの堀越一寿(ほりこしかずひさ)さんがインタビューされています。
そこでこんな言葉が。
大向うにとって気持ちの良い間が
役者にとっても良い間であるとは限らない。
それを勘三郎さんは教えてくださったんです。引用:ほぼ日刊イトイ新聞
この言葉…大向こうの難しさがこれでもかってくらい伝わりますね。
ちなみに演目は四谷怪談です。
怖いヤツだよ!
堀越さんのインタビューに詳しい状況が載っています。
古い記事ですがなかなか読み応えがあるので良ければどうぞ!
感動を掛け声にのせる、大向こうの堀越さん(ほぼ日刊イトイ新聞) >>
堀越さんの著書。歌舞伎役者のいろんな言葉を集めた本です。
ただひたすらに芸を極めた人たちの言葉に浸りましょう。
大向こうの種類あれこれ
ここまでお読みいただいた方なら大向こうの難しさについて分かってくれたかと思います。
誰でもやっていいけど、誰もが手を出していいものではない。
それが大向こうです。
最後に大向こうの種類について紹介します。
○○屋!以外にも色んな掛け声があるので覚えて帰ってくださいな。
屋号
基本的には屋号を掛けます。
成田屋!中村屋!音羽屋!
たまに屋号間違えて掛けてる大向こうがいると「…」という気持ちになります。
大○○ 若○○
○○には屋号が入ります。その屋号を象徴する大幹部には大○○!!
その息子など次世代の看板には若○○!!と掛かります。
代数
役者の名跡代数を掛けます。
七代目!!
片岡仁左衛門や尾上菊五郎など大名跡にしばしば掛かります。襲名興行に多い。
住んでる地名
その歌舞伎俳優の住んでいる「地名」がそのまま大向こうとして掛かることもありました。
神谷町!
「神谷町」は七代目中村芝翫さんを指す言葉で、幕内には「神谷町の旦那」と呼ばれていました。
他にも色々
他にも「待ってました!」や「たっぷりと!」など、様々な掛け声があります。
また、歌舞伎の演目の中には「大向こう」が無くてはならないものもあります。
有名な演目では舞踊「お祭り」。
鳶頭が登場すると「待ってました!」の大向こうが掛かり、『待っていたとはありがてぇ…」と役者の台詞が続き、舞踊が進んでいきます。
そういう意味では大向こうは大事な共演者と言えるのかも知れません。
いかがでしたでしょうか?
今日は歌舞伎の大向こうについて紹介しました。
毎回ではないですが、こうして歌舞伎のこともチラホラ書いているので、
良ければまたお越し下さい!