嘘をついたことがない人間などいない。
本当のことを話したくないから咄嗟に嘘をつくこともあれば計画的であることも、はたまた故意でなくとも後々になってその発言が嘘になってしまうことだってある。
あえて本当のことを言わずに余計な心配や不安を与えなくするような「優しい嘘」なるものも世の中には沢山存在するし、これを書いてる今だって世の中は嘘で溢れている。
無論ぼくも今までいちいち全てを覚えられないほど無数の嘘をついてきた。否、普通に生きていれば誰もがそうなるであろう。
忘却の彼方に消え去った無数の嘘。しかしその中で今でもハッキリと覚えているものがある。
今日はそんな嘘の話だ。
そいつの名前はN。高校の同級生だった。
入学式が終わって初めて入る教室でNはぼくの隣の席だった。小太りで眼鏡をかけたNは社交的で、聞いてもいないのにぼくにハリーポッターの本を薦めてきた。なんだこいつ、とぼくは心から思った。
ぼくは多くの生徒が向かう主要駅とは反対側に向かう電車に乗って高校に通学していた。そっち方面に帰る生徒は少なくクラスでも数名で、Nもその中の一人だった。
クラスでもよく話し、部活がない日は共に帰り、ぼくとNは凄く仲良くなった。高校三年間で言うならば親友に近い存在だ。
Nは愛らしいイジられキャラで、わりとクラスの人気者だった。でも勉強はまるでダメで授業中は大抵寝ていた。ぽっちゃりしてたので寝ている姿も少し可愛かった。そこも皆から好かれるポイントだったのかもしれない。
Nはぼくに懐いていた。勿論同級生だし対等の立場なのだが、遊びに行くときもぼく発信でスケジュールを組んでNはそれに従ったりと、どことなくぼくの方が意思決定をしてNは付いてくる、という関係だった。
気が弱く小心者だったが、とにかく優しいやつだった。ぼくはNが好きだった。
いつからか登校時に使用する電車も時間と車両を合わせるようになって共に高校に通学していた。ぼくが乗る電車に既にNが乗っている、そんな感じだ。
うちの高校は1年から2年に上がるときだけクラス替えがあり、2年から3年のときはない。つまり最初のクラス替えで同じになれば卒業まで同じクラスである。
「俺、哲平と一緒ならあとはどうでもいいなぁ」と、Nは言っていた(そして同じクラスにになった)。
Nはめちゃくちゃ良いヤツで、ぼくを頼りにしているのが嬉しかったけど、何かあるごとに「哲平、どうしよう?」と毎回相談されて次第にぼくは「こいつ、もうちょっとしっかりした方がいいんじゃないか」と思うようになってきた。
要するにぼくに頼りすぎな面が気になるようになったのだ。(まるっきり友人がいない現在のぼくからすればありがたい悩みだ)
うちの高校は工業高校なので卒業生の大多数が就職をする。大学に行くのは成績上位の僅かな生徒だけである。
Nは大学に行きたいと行っていた。なので3年時の選択授業でも数学や物理など進学希望生が受講する科目を選択して、ぼくと同じ授業を受けては寝ていた。
ぼくが「倫理」という選択授業に興味を覚え、担当の先生に話を聞いたりしていたときも「哲平が受けるなら俺も受けようかなぁ、論理」と「倫理」と「論理」がゴチャ混ぜになっていた。たぶん「倫理」という言葉を知らなかったと思う。
中学や高校の3年間は身体的にも内面的にも大きく変化する時期だ。
ぼくはいつまでも頼りないNに失望し、少しだけ馬鹿にしていた。
続く。
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