とある作品の撮影中に起きた話である。
地方ロケだったので演者もスタッフも同じホテルに宿泊。衣装部屋もメイク部屋もホテル内にあり、朝起きたらそのまま衣装部屋に行って支度をすることができる。そしてホテル前に用意された車に乗ってそのままロケ地へ。戻ってきたらメイクを落とし、衣装を脱いでそのまま自分の部屋で自由時間である。
何たる天国。
都内近辺の撮影で早朝現場入りなら始発(に近い時間)で現場に向かわなければいけない。それが同じホテル内にメイクも衣装も用意されてるので、時間ギリギリまで寝てられる。
顔洗って歯を磨いて出るだけなので30分前に起きれば余裕である。
しかも更に良いところは、撮影が終わったら衣装のままホテルに戻って着替えるので、朝、衣装部屋に行く際は寝巻きでもいいということだ。たかだか数秒歩くだけ(一階降りるだけ)の衣装部屋に向かうのに綺麗な服装をする必要もない。最低限失礼のない格好であればいい。衣装さんもそんなことは百も承知だ。
なのでその日も朝6時くらいに短パンとユルユルの白シャツ、裸足にスリッパという寝ていた格好まんまで衣装部屋に向かった。特に何も言われることなく衣装に着替えてメイク開始。共演者と共に車に乗って出発。
山中にある旅館での撮影である。
到着すると既にスタッフが撮影の準備をしている。邪魔にならないように端に座って待機。夏だったが早朝の山はそれでも少し寒い。
いざ、撮影。
ぼくの出番なんて肉眼で捉えた流れ星くらい短いので一瞬で終わり。
そしてその日がクランクアップ。
ホテルに戻って着替えて、ちょっと休んで準備して東京に帰る。そう思ってた。
するとスタッフの声。
「小野さん、お疲れ様でした!お着替えこちらです!!」
…え?
この旅館で着替えるの?
この日はぼくの出番のあとに同じ旅館で別役者のシーンが夕方まであり、スタッフ陣はぼくのシーン以後もそのまま旅館に残る。それは知っていた。
しかしここで着替え…だと!?
ぼくは衣装さんに言われるがまま着替えた。衣装さんはぼくの寝巻きをそのまま現場に持ってきてくれていた。短パンにユルユルの白シャツ、そして裸足。移動に自前の靴を使ったので靴はある。裸足に靴だ。早朝の山奥で薄着だ。
いや、言えよ!言ってくれよ!!!
お前あっちでめちゃ寒いけどそれでいいの?って最初に聞いてよ!
しかしせかせか働いているスタッフさんにそんな文句を言えるはずもなく、ぼくは迎えの車が来るまでその格好で待った。
ユルユルの白シャツに短パン。俳優のオーラなど微塵もない。
次の準備でバタバタ動くスタッフが通り過ぎる度に「なんでそんな格好してんすか?」と、無言の視線を送ってくる。
「いや、なんか自然を肌で直接感じたくて薄着で来たんすよ〜ははは。」
と返す言葉を用意して何度か口ずさんでいたが、誰からも何も言われず。
てか寒い。早朝の山で短パンでユルユル白シャツは自殺行為だ。
ぼくは謎にその場でジャンプした。身体を温めた。
「いや、なんか自然を肌で直接感じたくて薄着で来たんすよ〜ははは。」
誰にも聞こえない声で呪文のようにブツブツと繰り返した。
やがて迎えの車が来た。砂漠で見つけたオアシスだ。
急いで後部座席に乗り込むとプロデューサーが開口一番に言った。
「え、その格好じゃ寒くないですか?」
なんと答えたかは言うまでもない。