コラム(不定期更新) 怖いネカフェの話

♯9 サッカー

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小学生の頃、運動ができるやつは問答無用でクラスの人気者だった。

逆に言うと勉強ができる程度では体育で活躍するやつには到底人気度で勝てない。

 

スポーツができるやつはそれだけでヒーローだ。

 

女子人気もそうである。そもそも文明が栄える前の人類は狩猟で生活していたので、運動神経がよければ獲物の捕獲に成功し、捕獲に成功すれば餓え苦しむこともない。男に腕力で劣る女にとっては強い男と結ばれることが長く生きる秘訣なのだ。

 

そういう遥か昔から培われてきた生存本能がDNAレベルで人間には潜在してるので、運動ができるやつは「あいつと一緒にいれば安心だぜ!」と人気者になれる。少なくとも小さい頃は。

 

ではぼくの運動神経はどうだったか。

極めて普通だった。

 

もっとできるやつがいるから目立つ方でもないし、もっとできないやつもいるから悪目立ちもしない。5段階でいえば完全なる3。

ディスイズ普通。陸上も球技も水泳も。こと運動に関しては何をやっても普通だったが、ひとつだけ意味わからないレベルで苦手だった種目がある。

 

サッカーだ。

 

サッカーだけ特別苦手だった。体育がサッカーの時期は早く季節が変われと本気で神に祈りを捧げたものだ。

 

ドリブルやパスなどの基本練習はできる。

だから足を使うのがめちゃ苦手ということはない。

 

問題は試合である。

自分のところにボールが転がっていたときに、何をすればいいのかわからない。

 

勿論たかだか体育の時間なので、適当に蹴ったところで誰にも怒られないし、無謀にドリブルで敵陣に乗り込んだって構わない。

 

しかしどういうわけか身体が動かない。足を使わなければいけないというだけで思考が停止し、バスケやドッチボールのように即座に身体が反応しないのだ。

 

しかも運動が得意ではなく周りからも過度な期待はされてないのに、「間違ったプレー」をしてはいけないという圧迫感に襲われる。

 

なのでサッカーの試合中はいつも「わざとボールが回ってこない」ように動いていた。

 

あえてディフェンスの近くにいるのである。

「パスをもらいたいけど、ディフェンスにしつこくマークされて上手く動けない俺」を全力で演出していた。

 

間違ったプレーで恥をかくくらいなら最初からボールに触れないほうがいい。成績が下がろうと気にしない。何をしたって3なのだ。

 

だが中学2年の春、ぼくに一世一代の局面が訪れる。

 

その日の体育もサッカーだった。

ぼくはいつものように相手選手にわざと近付き「チームに貢献したいけど厳しいマークにあって動けない俺」を演出していた。

 

相手チームの攻撃中である。

自軍ゴール付近で皆がボールの取り合いをしていた。

 

所詮は体育のサッカーなのでポジションなどは一切なく、どのチームも攻めるときはキーパー以外の全プレイヤーが相手コートにいて、守るときは皆で一斉に走って戻るような戦い方だった。当然オフサイドなどの正しいルールも適用されない。サッカー部員も体育の授業でしか味わえない緩いルールのサッカーを楽しんでいた。

 

その日、自分のチームが攻められてるとき、ぼくは守りに参加せず、センターライン右側付近に立っていつものように「パスさえくれればいつでも点取ってくるぜ」と謎のエースストライカー感を演出していた。

 

そこに、本当にボールがきた。

ゴール前のバタバタで敵と味方が同時に蹴り合ったボールが偶然にもぼくが立っていた場所にコロコロと転がってきたのだ。

 

周りには誰もいなかった。

ぼくはそのボールを受け止めた。

 

時間が止まったような気がした。

 

誰かが叫んだ。

「いけー!!」

 

その声を聞いて反射的にぼくは相手ゴールに向かってドリブルを始めた。センターラインの先、相手陣地には誰もいなかった。全員でこっちに攻め込んでたのだ。

 

ぼくは右サイドをドリブルで駆け上がった。そしてゴールを見た。驚くべきことにキーパーもいなかった。

 

相手チームが全速力で戻ってくる足音が聞こえる。

ぼくはドリブルミスでラインオーバーするのが怖かった。

 

だからドリブルシュートを蹴ろうと決めた。

 

ゴールまではかなり遠かったが、ドリブルしてる間に絶対誰かに追い付かれる。鋭い弾道のナイスシュートなんて必要ない。コロコロでも方向さえズレなければ入るのだ。ぼくはよーく狙いを澄ましてボールを強く蹴った。

 

ペナルティエリアからもまだ遠い、ゴールとセンターラインの中間くらいの距離の右サイドだった。

 

今でもハッキリ覚えてる。

そのとき見たゴールの角度。蹴ったボールの感触。ゴールに向かうボールの行方。

 

ボールはそのままゴールに入った。

 

ぼくは嬉しさのあまり思わず叫んだ。サッカーの試合でよくあるようにグラウンドを駆け回り、友達が集まりよくやったと肩を叩いてくれた。

 

プロでもない、プロになろうともしてない、サッカーが苦手な少年の人生最高のゴールだった。

ぼくはその日、一日中ゴールの余韻に浸っていた。

 

しかし一度決めたところでサッカーが上手くなるわけではない。苦手意識もなくならず、残りの中学生活も高校時代も、それまでと同じようにサッカーはずっと下手くそだった。

 

大人になった今、もうサッカーをする機会はないと思う。

苦手なものをわざわざやろうとは思わない。

 

だからあのゴールは生涯初であり最後のゴールなのだ。

 

あのときの感触は忘れられない。

大人になった今でも浸るときがある。

 

ぼくはゴールを決めた男なのだ。

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