コラム(月木更新)怖いネカフェの話

♯18 カラオケ

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カラオケに全く行かなくなった。

いや、台詞練習で声を出したいときにふらっと寄ったりするので「全く」というのは語弊があるが、従来の歌う目的で入ることが少なくなった。と、いうよりもカラオケそのものがあまり好きではなくなっている。

 

なぜか。

 

幼い頃から数えれば、そもそもぼくは歌うのが大好きっ子だ。中学生の頃から友達とカラオケに行き、高校、大学も事あるごとに歌っていた。大人になってからも舞台の打ち上げや忘年会、新年会で仲間を引き連れて朝までカラオケにいることも珍しくなかったし、それが日常だった。

 

「哲平くんは本当にサザンが上手だね」と当時好きだった女の子に言われて、それから愚直に雨の日も風の日も1年くらいサザンばかり歌ってた暗黒時代もある。

 

それがいつからかパタリと止まった。

勿論コロナの影響もあるが、それ以前からなんとなくずっと身体にフツフツと沸いていたカラオケへの情熱が消え失せたのだ。

 

歳を重ねたせいなのだろうか。

飲み会終わりでワイワイするのとは別に、ひとりカラオケを趣味としてる時期もあったが、今はあまり行こうとは思わない。

 

冷静に色々考えたところ、おそらくもう人生で楽しめるだけカラオケを楽しんだのかな、と今は思ってる。

 

ぼくは昔からめちゃくちゃカラオケに行ってた。誰かと比べたことはないけど普通の人よりは絶対に回数が多い。多いときは週3くらいで行ってた。なのでもう、十分楽しんだのだ。ここ数年のカラオケに行きたくなくなった変化は、自分の意思以上に身体が「もういんじゃね?」とカラオケを拒否してる結果なのであろう。

 

そもそも30代も後半戦になり、同世代が各分野で社会に貢献していたり結婚して家庭を守っているなかでカラオケで騒いでる場合じゃねぇだろ現実みろ、という凄く冷静な自分もいるし、もし同じ年齢で騒いでるやつがいたら「どうした?話なら聞くぜ」と優しく肩を叩いてやりたい。

つまり昔みたいに純粋に楽しめなくなったのである。カラオケのシステムは昔から変わっていないので変わったのはぼくだ。

 

歌うことも歌を聞くことも飽きた。

山口百恵的に言うならば、ぼくはマイクを置いた人間なのである。センキューフォーユアエブリシング。さよならのかわりに。

 

これからは後輩にせがまれるか、場の権力者に行こうと言われない限りはあまり行かないんじゃないのかな、と思っている。

 

あんなに大好きだったモノが苦手になるなんて、今ならスピード離婚の気持ちがよく分かる。

しばらく行かなくなればまた自然に行きたくなるのだろうか。

 

部屋の片付けをしていて、昔よく遊んだオモチャが出てきたときに、出てくるまで全く思い出してもなかったのに急にそのオモチャを愛おしく思うように、いつかまたカラオケを無性に愛する日が来るのだろう。

 

そんなことを思いながら、今日も微妙にサザンを口ずさむ。

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