前回はこちら。
12月の夕方。
ぼくは家に帰れなくなった。
マンションの入口。見上げれば部屋の窓が見える。
こんなに近くにいるのに入れない。
時間をおいて再びカードキーをかざしても全くドアは反応しない。
持ち物は財布とカードキーの入った定期入れ。
スマホはない。
そう、スマホを持ってないのだ。
絶体絶命である。
冷静に考える。
①別の部屋のチャイムを押して内側から開けてもらう。
②別の部屋の人が帰宅するのを待つ。
③誰かに電話を借りて管理会社に電話をする。
焦っても仕方がないので一つずつ考える。
まず①を決行。
他の部屋のチャイムを順々に押すが誰も反応がない。
予想通りだ。狭いマンションとはいえ定期的に新聞や宗教の勧誘が来るので、ぼくも事前に分かってる宅配物以外は一切チャイムに反応しないようにしている。おそらく他の人もそうであろう。
仮に出たところで「4階に住んでる者ですけど、鍵が開かないので開けてください」がすんなり信用してもらえるとも思えない。
続いて②。
誰かが帰ってくるのを待つ。
しかし帰ってきたところで施錠が解除できなければその人も入れない。いや待てよ、昼間に電話したときに管理会社は「誰からもそのような報告を受けてない」と話していた。つまりぼく以外の住人はこの状況でもすんなり入れる方法を知っているのではないのか。
だが元々部屋数の少ないマンションで空室もある。トータルの居住人数が少ない上にそれぞれがいつ帰ってくるのかも分からない。まだ夕方である。
これもあまり良い案ではない、と途方に暮れる。
そこで気付く。ドアをよく見るとオートロックを作ったであろう会社の番号が書かれていた。
これだ!ここに電話すれば業者が来て開けてくれるはず。
しかしスマホがない。
コインランドリーに来る人や道行く人に「すいません、スマホ貸してください!」なんて思い切った行動が通用する場所じゃない。ここは東京、修羅の街である。裏切り裏切られ、互いを信じられなくなった人が集まる悲しき都である。よって③も断念。
自力で生き残るしかない。
コインランドリーに置いてあるアンケート用紙の裏に、同じくそこに置いてある備え付けのボールペンを借りて、オートロック会社の番号をメモる。
ボールペンのインクがほぼ残ってない。アンケート書かせる気なさすぎだろ。
インクもなく、ほぼ筆跡だけの文字。角度を変えて光にかざすことでかろうじて読める電話番号を片手にぼくは決断した。
交番で電話を借りよう。
続く。