コラム(月木更新)怖いネカフェの話

青春の正体は「無責任」。もう戻れない身軽な状態だから愛おしい。

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思考

こんにちは、小野哲平です。

 

今日は「青春」についてのお話。

 

青春…なんか甘酸っぱい響きですね。最近じゃ「あおはる」なんて言っちゃったりしてその言葉を聞くたびに心が荒れてるぼくはイラっとしてます。笑

 

「青春」と聞いてぼんやり想像するのは男女複数人でお祭り行ったり海に行ったりする場面でしょうか。それとも熱心に部活に取り組む姿でしょうか。

 

ぼくは性格が悪く、押し付けがましい青春描写が嫌いなので青春映画とは距離を置いて生活をしています。「南を甲子園に連れてって」なんて言われても「うるせぇコストコ行ってこい」と返します。

 

さて、この青春。正確な意味としては

若い時代。人生の春にたとえられる時期。希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期。(google調べ)

だ、そうです。

 

人生の春ですって。それじゃオイラの人生は春が来ないまま冬になってますね。

「希望をもち、理想にあこがれ」まではいいですけど「異性を求めはじめる時期」ってのが余計ですね。恋愛ありきかよ。それに今はLGBTの時代ですから同性だっていいはずです。

おのぺー
おのぺー

時代は常に変化してる!

とまぁ、ここまで青春(あおはる)について恨み辛みを綴ってきましたが、そろそろ今日の本題です。

 

今日お伝えしたいのは「青春の正体は無責任」ある、ということ。

青春の正体は無責任である。

一見すると「何言ってんじゃろ」と思う書き出しですが読み終わる頃には「なるほど!」と首の骨が折れるくらい頷いているはずです!

どうぞご一読ください。

おのぺー
おのぺー

人生の春、待ってます!

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青春の正体は無責任である

青春の正体は無責任である。

もともとこの言葉はぼくの発案ではなくて、みうらじゅんさんの言葉です。

 

みうらじゅん…漫画化、イラストレーター。ゆるキャラという言葉を作った人。
おのぺー
おのぺー

知らない人はググってください!

みうらじゅん
検索

みうらじゅんさんは「青春の正体」というタイトルの本も出しています。


青春の正体

ぼくはこの本は未読なので、これから書くことは「青春の正体は無責任である」との言葉を聞いて「あぁなるほどな…」と自分で考えたことです。

 

もしかしたら発案者のみうらじゅんさんとは若干違う意見かもしれませんがご了承ください。

社会的責任がない時代

青春の正体は無責任

これは社会的責任を背負ってない状態だと思います。

 

例えば、夜遅くまで遊んでも会社勤めなら明日のことを考えなければいけない。

仕事に遅れるのは学校を遅刻するのとはわけが違う。子供がいれば面倒だって見なければいけない。

自分勝手な変更はあらゆる方面に迷惑が掛かる。

 

要するに社会的責任とは「自分だけの問題じゃない」ってことです。

 

思い出してください。

 

青春を謳歌していたあの頃。

今より自由ではありませんでしたか?

 

ぼくはそうでした。

 

高校の剣道部も大学の演劇部も、どれだけ遊んでも何をしても、誰に怒られることなく今よりずっと身軽でした。

関連記事剣道部の思い出と顧問の話

 

しかし今考えるとその身軽は責任を伴っていない状態だったんだな、と思います。

お金の心配も健康の心配もしなくてよかったから無責任に過ごせただけです。

 

複雑に絡まった社会との繋がりや人間関係に縛られることなく自由だった。

それが青春の正体です。

 

大人になれば会社なり伴侶なり子供なり、誰かの人生を助ける役割を担うようになります。

若い頃よりも社会に密接に関わらざるをえなくなります。それに伴い責任も発生します。

 

そして背負ってる責任が重くなるほど青春からは遠ざかると思います。

青春とは責任のない身軽な時間である。

戻れないから愛おしい

もちろん青春の定義は様々で若さに限定する必要は全くありません。

ぼく自身、大人になってからも「あ、これ青春っぽいな」という感覚を何度も感じたことがあります。

 

舞台を創ってるときや仲間内で旅行に行ったときなんかですね。

何人かで集まってわちゃわちゃしてると若干青春を感じたりします。

おのぺー
おのぺー

青春だね~なんて言ってみちゃったり

 

でもやっぱり実際に若かった頃に比べたらそれは違うんですよね。

楽しい時間ではあるけど青春ではない。

 

だってどんだけ遊んでても頭の隅で生活のことを考えてますもの。

学生時代みたいに無責任には振る舞えません。

 

あの社会とリンクしてない状態が無敵であり青春だったと今では思います。

もちろんこれからも楽しいことは沢山あるけど、それは少なくともぼくの中では青春ではないかな。

 

青春とは戻れないからこそ輝くものだと思います。

青春とはつまり社会から分断された状態である

再度結論を繰り返すと「青春の正体は無責任であり、それは社会から分断された状態である」です。

「青春の正体は無責任であり、それは社会から分断された状態である」

 

学生時代に酒を飲みながら社会の悪口を意気揚々と唱えることができるのは、自分たちが社会に出ていないからです。

 

逆に社会人が社会の悪口を言うのは大きくみれば自己批判です。

だって自分たちも社会の一部だもの。

 

発案者のみうらじゅんはこうも言っています。

無責任になれば青春時代は戻ってくるよ

 

確かに社会と密接に関わらず、お金や生活のことも考えずに遊んで暮らせたらそれは青春ですね。

ただほとんどの大人が無責任にはなれないでしょう。可能不可能ではなく倫理として。

 

生きるためには勤勉でなければならない。

勤勉は成功の母なり。

 

青春とはつまり「社会と分断された無責任な状態だからこそ貴重な時間だった」のです。

 

ですので、今これを読んでる中高生諸君!!

今しかない時間を思う存分楽しんでください!

おのぺー
おのぺー

嫌でも責任を背負うことになるから今はトコトン無責任であれ!

 

余談ですが、人への迷惑を考えずにワイワイ騒ぐ連中は「無責任」だからいまだに青春を謳歌しているのかもしれませんね。笑

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