コラム(不定期更新) 怖いネカフェの話

♯26 店長

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学生の頃、ネットカフェでバイトをしていた。

当時はまだネカフェという言葉が日常的ではなくて、体感的には漫喫(まんきつ)と呼ばれることが多かったと記憶にある。終電を逃した人が朝までいることはあっても、今みたいにネカフェで暮らす人が社会問題になったりはしていなかった。

 

そんな頃の話である。

 

バイトの面接に行くと巨大な男がいた。縦にも横にもデカい。例えるならラグビーボールだ。そのラグビーボールが店長だった。やたら熱い人で面接中に何度もこの人間に違和感を覚えた。しかしたかがバイトだしこの店で働きたかったので適当に話を合わせた。

 

面接が終わり、そのまま採用が決まると店長はこう言った。

「哲平、悪は嫌いか?」

 

初対面の人間をいきなり名前で呼ぶ熱血体育教師スタイルの人だった。

正義感が擬人化したような完全なる真人間のぼくはハッキリと答えた。

 

「悪は許せませんね」

 

ぼくが働くことになる深夜の時間帯は不真面目なバイト店員が多く、店の自動販売機で無断で飲み物を飲んだり、休憩を多く回してズルをしているらしい。

 

「哲平のチカラで悪を是正してくれ」

こうしてぼくはスパイになった。

 

防犯カメラが付いてるのにスパイなど必要なのだろうか。結局ぼくは不真面目な先輩たちに可愛がってもらって、ほどよくサボりながら働いた。これがぼくの正義だ。

 

この店長は見た目がお豚さん系なのに異常にナルシストで、やたら強い言葉を使いたがる人だった。

 

「俺は音楽をやってたが、目をかけてくれたプロデューサーに売れ線の曲を作るように指示されて辞めた。売れ線の曲は作れたが俺のプライドが許さなかった。」

そんなことをいつも聞かされていた。とにかく自慢話をして自分を凄い人間だと思われたくて仕方ない大人だった。

 

でも不思議と嫌いにはならなかった。それはぼくが店長に評価されていたからだと思う。若かりし20歳のぼくは単純に自分を褒めてくれる人が好きだった。

 

店は24時間営業で、深夜番だったぼくは早朝に早番と入れ替わって退勤するのが日課だった。

 

ある日、早番の女の子が家庭の事情で急に来れなくなった。連絡が来たのは深夜だ。やむを得ずぼくが翌17時まで働いた。23時〜17時の鬼労働だ。店長はいつも通り14時に出勤したがフロアに出ることはなかった。

 

仕事が終わって休憩室のソファで力尽きてると店長が言った。

「哲平、今日はありがとな。ラーメンでも食べに行くか?」

 

帰らせてくれ。心底思った。しかし店長は疲弊したバイトに労いの言葉をかける優しい自分に心底陶酔するタイプの人間なのだ。半分寝ながらラーメンを食べに行った。てっきりご馳走してくれると思ってたのに普通に自腹だった。なんだこいつ、と思った。

 

中途半端なナルシストほど醜いものはない。このときは本当に殺意が芽生えた。今も忘れない。

 

その店長は女性スタッフへのスキンシップも際どかった。店で一番綺麗な女性スタッフはある日いきなりお姫様抱っこをされたと教えてくれた。当時も今もアウトである。

 

店長はその大きな身体と大きな声、強い言葉でバイトたちを恐怖で支配していた。各時間帯にバイトリーダーなるモノを指名し、シフトが埋まらなければリーダーが出勤しなければいけないという強制労働ルールも作っていた。

 

今思えば小心者だったと思う。絶対に言うことを聞くバイトの前で虚栄を張ることで理想の自分を保っていたのだ。

 

店長は徹底的に下に厳しく上には媚びへつらい、上司に気に入られ、最終的には出世コースに乗って、より大きい店舗の店長として去っていった。最後まで自分がバイト連中に好かれていると思い込んでいた。

 

それから何年かして新しくオープンする店舗の初代店長にも選ばれたと聞いた。これは会社の期待の表れである。その頃ぼくはもうバイトを辞めていたのでよく知らない。

 

そして最後。店長は警察に捕まった。

オープンスタッフ募集のバイト面接に来た女性にわいせつ行為をした、と別の社員から聞いた。

 

なんてことはない。悪は嫌いか?と聞いた本人が悪だったのだ。

 

出会いのときから既に伏線が張られていたことに感銘を受けたのを覚えている。

店長だろうが年上だろうがクズはクズなのだ。

 

初対面で感じた違和感は大切だよ、という話である。

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