コラム(不定期更新) 怖いネカフェの話

♯49 ちょっと嫌な話

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売れない俳優という性質上、今まで様々なアルバイトをしてきた。

引っ越し、レンタルビデオ屋、弁当屋、清掃業、イベント手伝いなどなど。

 

その中でも1番長く働いたのはネットカフェだ。6年近く働いていた。

 

ぼくが働き始めた頃はネカフェ難民なんて言葉もなかった。社会的に「ネットカフェに住んでる人」が認知されるより前からぼくはその現場にいた。

 

無論、言うまでもなく呼称が生まれる前から彼ら…ネカフェで寝泊まりしてる人はいた。

ネカフェの売上の半分以上がそういった方々から生み出されているといっても過言ではない。

 

現場にいないと検討もつかないだろうが、ネカフェに寝泊まりしてる人は数名どころの騒ぎではない。ひとつの店舗だけでも10人以上はいる。全国的に考えれば何千人規模かそれ以上だ。社会から黙殺されている闇である。

 

ぼくの働く店舗では「24時間パック」という料金プランがあり、その名通りその金額を払えば24時間自由にブースを使っていいことになっていた。もはや店側が「どうぞここで暮らしてください」と黙って言ってるようなものである。

 

ネカフェに住んでる人は退出時間にカウンターで再入店の手続きをする。その時間までの利用金額を支払い、また入り直すのだ。その作業は「切り替え」と呼ばれていた。

切り替えを繰り返して24時間→24時間で延々と同じブースを使い続ける。ぼくが働いていた期間だけでも、同じブースで切り替えを繰り返して2年近く店に住んでいた人もいた。

 

こういう人に毎日接していると不思議と感覚が麻痺していくもので、働いている側としてはその存在を何とも思わなくなっていた。言うまでもなく、人には事情がある。赤の他人がどうこういうものではない。

 

そんな24時間の切り替えを繰り返してる人たちの中に年齢不詳の女性がいた。

50代にも見えるが70近くにも見える。

 

何年も前からの常連で、最初は数時間利用して帰るだけだったが、やがて宿泊するようになり、いつの間にかブースで暮らすようになった。

 

数週間宿泊したら退店し、何日か日を空けて再度来店する。そんな利用方法だったと思う。

 

よくいる横柄な態度の常連とは違い、品があり物腰も柔らかく、何より綺麗な声をしてる印象があった。「切り替えお願いします」くらいしか聞いたことがなかったが、とても上品な声だった。

 

ネカフェでは毎日何かしらの事件があり、警察の厄介になることも少なくない。

 

しかし基本的にネカフェで住んでる人は問題を起こさない。出禁になれば自分が行き場所を失うし、何よりいつもブースにいるのでトラブルが起きようがない。

 

そのとき彼女が店で暮らし始めてどれくらいの期間だっただろうか。記憶が曖昧なのだが年末年始を経て3ヶ月、もしくは半年くらいの時間が流れていたかも知れない。

 

ある日、退店予定時間になっても例の女性が切り替えをしないので、あるスタッフがブースまで声を掛けに行った。

 

何度声を掛けても返事がない。

鍵は掛かっていないので、スタッフが扉を開けて声を掛ける。女性は寝ているように見えたそうだ。

 

恐る恐る身体を揺する。

反応しない。

 

もうおわかりだろう。

その女性はブースで死んでいた。

 

その日、ぼくは勤務していなかったので聞いた話になるが、自傷行為ではなく、穏やかに眠るように亡くなっていたのだという。病を患っていたのだと思う。

 

人生最期の瞬間をネカフェで過ごすと決めた彼女はどんな人生を送ってきたのだろう。

今でも顔と綺麗な声をハッキリ思い出せる。

 

次の日、ぼくは店に出勤した。

一通り前日に起きた出来事を聞いて、少しの寂しさと切なさを抱えてフロアに出た。

 

カウンターで店内モニターを見て驚く。

 

彼女が亡くなったブースが普段どおりお客様に開放されていて、別の人が使用していたのだ。

言うまでもなく、昨日人が死んだ場所である。

 

「え、こういうのってさすがに何日かは使用禁止にするんじゃないの?」

 

ぼくはバイト仲間に聞いた。

 

「いや、店長判断で昨日の午後にはもう開放されてましたよ」

 

ここはそういう場所。

ちょっと嫌な話である。

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