こんにちは、小野哲平です。

歌舞伎役者の付き人をしてました!
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新型コロナウイルスの影響で公演中止を余儀なくされていた歌舞伎。
歴史的興行である團十郎襲名も延期となりました。
歌舞伎役者の仕事である歌舞伎が沈黙。
それはすなわち、全ての歌舞伎役者の失業を意味します。
以前書いた「歌舞伎役者働きすぎ問題」でも指摘したように歌舞伎役者はとにかく忙しいです。
休みなんてほとんどありません。
そんな怒涛の日々を送ってきた歌舞伎役者に突如訪れた空白。
何をして過ごせばいいのかわからず戸惑う役者も多かったと察します。
コロナによって幹部もお弟子さんも関係なく、みな等しく舞台に立つことを禁じられました。
しかし、仕事がなければ自分で作ればいい。
この前代未聞の事態の中、どうにか歌舞伎の灯を消さんと個々による様々な試みが行われて、結果として歌舞伎界自体が次のフェーズに移った感覚があります。
- 図夢歌舞伎
- ART歌舞伎
- 役者個人のYouTube など
映像に特化した歌舞伎は時代と共に遅かれ早かれ登場するものだったにせよ、コロナ危機によってその登場が早まったのは事実です。
個人のYouTubeチャンネルを持つことにより、今や松竹の許可を得ずともそれぞれの役者が独自の判断で発信をすることができます。
やり方を統一することなく個々で仕事を生み出す群雄割拠の戦国時代。
いわば歌舞伎2.0です。
この移行は歌舞伎を時代に合わせたものに変化させてく上で避けてはならない道であり、特に否定するものではありません。
ただ個人の感想としては「ぼくの好きだった歌舞伎が消えていく」と感じました。
今日はこのことについて書きます。
ぼくの好きだった歌舞伎が消えていく
ぼくは歌舞伎演目もさることながら何年も続く歌舞伎独特の世界(歌舞伎界)が好きでした。
歌舞伎役者は生まれたときから歌舞伎役者。
役者になるのではなく、役者が生まれてくる世界。
何よりも血統を重んじる歌舞伎社会。選ばれし者しか舞台の中央に立てないルールに些かの疑問を感じつつも、その伝統を守り続けている歌舞伎の世界を純粋にカッコいいとぼくは思っています。
一般的に歌舞伎って敷居が高くて、厳粛な印象がありますよね?
歌舞伎役者も普段から着物で生活してるような、そんな印象を持ってる方も少なくないと思います。
丁寧な言葉遣いで礼儀正しく、真面目。
一般の俳優が持ち合わせていないその品格こそが歌舞伎役者の最大の魅力だとぼくは断言します。
歌舞伎役者ってテレビ出ててもすぐにわかるじゃないですか?
形成してる雰囲気が他の出演者と違うので、上手く言葉に出来ずともすぐにわかるんですよね。
そしてそれはおそらく、生まれてから今に至るまでの環境に起因するものです。
幼少より歌舞伎の世界で育ってきて者だけに与えられる風格。
言うなれば御曹司の血であり、後天的に身に付くものではありません。
ぼくはそういう歌舞伎界全体に漂う品格が好きでした。
しかしそれが今回のコロナの影響か何なのか、少しずつ崩壊したと感じています。
歌舞伎役者の個人発信について
團十郎はYouTuber
日本一有名な歌舞伎役者、市川海老蔵さんがYouTubeを始めました。
これは歌舞伎役者としての発信よりも海老蔵さんとその家族のチャンネルです。
再生回数もコメント欄も盛り上がっていて、普段歌舞伎を見ない層もこのチャンネルを通じて海老蔵さんに興味を持ち劇場に足を運んでくれる可能性を多大に秘めていると感じます。
ただ、やってることはYouTuberと変わりません。
YouTube特有の軽いノリや〇〇してみたという歌舞伎には関連のない動画も多いです。
YouTuberを否定する思惑もなければ海老蔵さんの試みを悪く言うつもりはありません。
事実このチャンネルがキッカケで歌舞伎界全体のファンが増えるのであれば続けてもらいたいです。
ただ、ぼく個人の意見は、
「歌舞伎界一番の大名跡がYouTuberなのかぁ…」です。
歌舞伎の品格とは遠い場所にいるYouTuberを市川團十郎になられる方が率先してやることで、少なくともぼくが好きだった歌舞伎はこの先ないなと感じています。

時代ですね
SNSを管理する人がいない
ぼくが付き人をしてる頃はSNSをやってる歌舞伎役者はいませんでした。
ですが昨今では幹部、名題、名題下に関わらずSNSで色々と発信してます。
お弟子さんだろうが実力や人気がある人はどんどん前に出るべきだと思うので、個人のTwitterなどは一切否定する気はないのですが、単純に家ごとのルールは明確にした方がいいのではと感じます。
芸能事務所と違って投稿をその都度誰かが管理してくれるわけではないし、そもそも歌舞伎の大幹部がSNSに詳しいわけがありません。

玉三郎さんがエゴサーチしてたら嫌だよ!
歌舞伎はファンが多いからお弟子さんでもフォロワーが多かったり、いいねが沢山付いたりするじゃないですか。
ぼくが恐れてるのはシンプルに変な投稿しちゃう役者が出てくるんじゃないかってことです。
会社に対する不満とか、特定の役者の悪口とか。
ぼくのような知名度の低い役者は自由度が高いですけど歌舞伎役者は全員がどこかしらの家に所属してるので、何かあれば家の責任になります。
なので、無法地帯になる前にガイドラインやルールブックは一度整理したほうがいいんじゃないかと思っています。
ひとつの投稿で大惨事になることもあるので。
歌舞伎の枠で可能性を探した勘三郎さん
新しいことに挑戦する歌舞伎役者と言えばぼくの中では勘三郎さんです。
この方がいたら自粛期間に何していたんだろうと考えない日はありません。
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真っ先にYouTubeを始めていたのか、図夢歌舞伎的なものを考えたのか。
しかし、いずれにせよ歌舞伎の枠を出ることはしなかったんじゃないかなと思います。
あくまでぼくの持論ですが勘三郎さんは常に歌舞伎の枠の中で新しい挑戦をしていました。
歌舞伎という四角形があったときにその枠をはみ出さずに、しかし誰もやったことがない隅の隅まで試すようなイメージです。
それとは別に歌舞伎の枠を広げたのが猿之助さん率いるスーパー歌舞伎Ⅱ。
みんなでアイデアを出し合ったり外部役者を呼ぶことで少しずつ歌舞伎そのものの枠を広げました。
それが今回の海老蔵さんのYouTubeだとこうなります。
まず歌舞伎とは離れた場所に多くの人を集めて歌舞伎に流入する。
本来ドラマやテレビの仕事もこの戦略に当たるのですが、海老蔵さんが凄いのはそれを自粛期間中にやったことです。
”歌舞伎の灯を絶やさないように”と歌舞伎にまつわることを個々が考えていく中で歌舞伎とは離れた場所から行動を始めました。
しかしブログ運営も何事もそうですが、まずは人が集まらないことには何も始まりません。
そういう意味では歌舞伎専門チャンネルよりも人は集まりやすいし、その中でひとりでも新規の歌舞伎ファンができるなら海老蔵さんのチャンネルは歌舞伎界に貢献することになるのかな、とも思います。

個人の感情と歌舞伎界への貢献は別。
生き残りを掛けた戦いが始まる
今後もプライベートを明かして集客を試みる役者は増えると思います。
お弟子さんも独自に活動してファンを増やしていくでしょう。
それが切磋琢磨して歌舞伎界全体の盛り上がりに繋がれば、ぼくは言うことはありません。
しかし統一された目的なく個々で自由に発信をしていくことは無法地帯に近い状況とも言えます。
歌舞伎の為なのか、家の為なのか、自分の為なのか。
そんなことを考えることもなく個人の勝負になるのか。
SNSを駆使して幹部よりも名を挙げるお弟子さんも出てくるかもしれません。
それは歌舞伎の新時代、まさしく歌舞伎2.0です。
ただ冒頭から何度も言うように、それはぼくが好きだった品格ある歌舞伎の世界ではありません。
親しみやすい歌舞伎役者よりもどこかミステリアスで緊張感がある方が好きです。
新しいファンが生まれる一方で、変化についていけないファンが離れることもあるでしょう。
若干の戸惑いを覚えながら、昔を懐かしみつつ、その行く末を見守ろうと思います。