おのぺーって誰!?こちらをどうぞ!

中村屋、挑戦の原点!!「ファミリーヒストリー 中村勘九郎」に心が震えた。

小野哲平をフォローしよう!
歌舞伎

2月11日(月)にNHKで放送された
ファミリーヒストリーは中村勘九郎さんがゲストでした。


ファミリーヒストリーは、
著名人の家族の歴史を本人に代わって徹底取材し、
「アイデンティティ」や「家族の絆」を見つめるNHKの番組です。

知ってる方も多いかと思いますが、
ぼくは当代の中村芝翫の元付き人です。

付き人として働いたのが2007年~2009年の三年間。

その頃は十八代目中村勘三郎さんも健在で、
コクーン歌舞伎や平成中村座など、
数々の現場で一緒でした。

なので勘九郎さん(当時勘太郎)もほぼ毎月、
お会いしていました。

今でも歌舞伎座の楽屋で会ったら、
挨拶させていただきます。

そんな勘九郎さんのファミリーヒストリー

録画していたものをようやく見ることができたので、
記事にしていきます。

番組構成

歌舞伎役者の歴史は遡ろうとすればどこまでも遡れます。

今回はどこからやるのかな、と思って見てみると、
勘九郎さんの高祖父(おじいちゃんのおじいちゃん)から
現代に至るまでの物語でした。

高祖父 初代中村歌六
曾祖父 三代目中村歌六
祖父  十七代目中村勘三郎
祖父  七代目中村芝翫
父   十八代目中村勘三郎  

番組はこの順番で現代に至るまでの物語を特集しています。

高祖父・曾祖父

勘九郎さんの高祖父にあたる初代中村歌六
江戸時代に活躍した上方の歌舞伎役者。

大阪で生まれて六歳で養子に出され、
その後に人気役者に成長した女方でした。

なんと81歳まで舞台に立ち続けたそうです。
当時(1850年代)の81歳は異常です。

その初代の子として生まれたのが
曾祖父である三代目中村歌六。

本名は時蔵です。
この番組では役者を本名だったり芸名で呼ぶので、
時蔵が出現したときにちょっと混乱しました。笑

波野の由来

勘九郎さんの本名は「波野雅之(なみのまさゆき)」なのですが、
この番組では波野のルーツについても紹介されています。

先述した曾祖父、三代目中村歌六の代で、
「波野時蔵」を名乗ったと記録にありました。

ただそのときの読みは「はの」
それがいつからか「なみの」に変わっていったそうです。

本人が語ったとされる記述によると、
父親の屋号である「丹屋」、母親の屋号である「平屋」、
そこから一文字ずつ取り「波野」になったと番組で紹介されていました。

両親の姓から頂戴することで、
いつまでも昔を忘れないように、
という思いがあったそうです。

中村勘三郎という名跡

その三代目中村歌六の子供として誕生したのが、
勘九郎さんの祖父、十七代目中村勘三郎(波野聖司)です。

聖司が幼き頃、
母方の祖父からよく江戸歌舞伎の話をされました。

祖父が好んでよく聞かせていた役者が中村勘三郎
三河の出身で江戸歌舞伎の開祖と呼ばれた役者です。

幕末から「預かり名跡」となり名乗る役者がいないこの名跡を、
祖父は幼い聖司に「いつかお前がなるんじゃ」と言い聞かせたそうです。

その後、若くして父(三代目歌六)を亡くし、
後ろ盾がないなかで立派な役者となった聖司は、
1949年の春、松竹社長の大谷竹次郎から呼び出されます。
「私が名跡を預かっている中村勘三郎を世の中に出したいと思うが、君、どうだ?」

80年近く継ぐ者がいなかった名跡、
世間では誰も知りませんでした。

母に反対されながらも、
幼き頃に祖父に聞かされていた中村勘三郎の名跡。
誰も知らない名跡なら、
むしろゼロから作ることができる。

こうして中村勘三郎は復活しました。
1950年のことでした。
そしてこのときに中村屋という屋号を名乗ります。

天才、十八代目

その十七代目の長男として誕生したのが、
ご存知十八代目中村勘三郎(波野哲明)です。

僅か数年ですが、
ぼくもこの方を近くで見させていただきました。

華やかさ、親しみやすさ、情熱、
その全てが桁違いの方でした。

とても形容する言葉が見つかりません。

30代半ばで父(十七代目)を失い、
たった一人で中村屋を背負った男。

そしてそのとき、歌舞伎は低迷期でした。

勘九郎の母 好江インタビュー 
父が亡くなってからですよね
主人がそれにぐっと目覚めたというか
新しいものに挑戦するっていう
だって父(十七代目)は勘三郎という名前になって
新たなものを築いていったわけじゃないですか

勘九郎の伯母 波野久里子インタビュー
危機感があったんでしょうね 弟にはね
父の場合は芸一筋 芸を戦っていればいい
芸に対して貪欲にしていれば 良かったような気がするけども
弟の場合は 世間を相手とらなくちゃいけないですよね

こうしてコクーン歌舞伎、平成中村座など、
今に繋がる戦いが始まりました。

更なる未来へ

平成24年(2012年)12月5日、十八代目はこの世を去りました。
この日のことはよく覚えています。

珍しく早く目が覚めてニュースを見ていると、
緊急速報でこの件が伝えられました。

その日は予定を全部キャンセルして、
近所の公園に座って付き人時代を思い出していました。

京都南座での勘九郎・七之助兄弟の口上

父親が亡くなった日も舞台に立つ。

舞台役者には避けられないことですが、
それがなんとも胸を打ちました。

本当に前に進むしかないと思っております
進まなければ怒られると思います
そういう父でした
父のことを忘れないでください
(勘九郎口上から一部抜粋)

番組の最後は勘三郎さんの盟友、
野田秀樹さんのインタビューで締め括られています。

父親にはできなかったものを自分で探してきて、
なんかやってみせれば
大きい自信になっていくんじゃないですかね

挑戦し続ける家族の物語はこれからも続いていきます。
素晴らしい番組でした。

歌舞伎
面白かったらシェアしてください!
小野哲平をフォローしよう!
ぼくは毎日書いてます