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ぼくと演劇と高円寺。進む者と残る者。

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自己紹介

ぼくが今住んでいる街は、元々はぼくの友人が住んでいる街でした。

テッペイと呼ばれることが多いぼくを「テツ」と呼ぶ数少ない友人です。

大学のときからの付き合いで学生時代は共に演劇を作る学生劇団の仲間。

更に学部も学科も同じで、同じ講義を受けながら演劇でも一緒。

大学では一番共通項の多い仲間の一人で、ぼくの学生時代を語る上で欠かせない人物です。

親しい方なら分かると思うのですが、ぼくはこういう文章を書くチカラや面白いものへの興味が強くある一方で日常生活ではかなり抜けている部分があります。

分かりやすく伝えるならばあまりモノをよく知らない。

(当時は)料理は一切できないし、食材の名前も全然分かりません。

地理もダメです。都道府県の場所なんて何となくしか覚えてません。

外国の場所なんてもっと分かりません。

あとは空間把握能力が劣っていて、ある物体を正面から見たときに、それが側面からどのように見えるかが頭の中で上手くイメージできません。

なので工作は大の苦手です。

学生時に舞台の大道具として木材を使ってあらゆるモノを作りましたが、ぼくはそのどれにも参加してません。作業図面をどれだけ見ても作業工程がイメージできないからです。それに単純に手先が不器用なので木材を綺麗に切れません…。

そんなぼくを同級生ながらまるで保護者のように付き合ってくれたのがその友人です。

呆れながらもそんなぼくをサポートして助けてくれました。

ぼくは当時2時間半掛けて大学に通っていたので、週に何度かは大学の近くに住んでいるその友人の家に泊まっていました。

彼は料理が得意で、毎週手料理をごちそうしてくれました。

思えば友達の料理を食べたのは彼が初めてだったかも知れません。

高校のときにテニスをやっていた彼は何故かテニスの試合のビデオをぼくに見せてきました。

そこには有名になる前のマリア・シャラポアが映っていました。

ぼくはテニスのルールを知らないままシャラポアに詳しくなりました。

彼の自宅ではいつも彼が大好きなケツメイシの曲が流れていました。

本棚にはスラムダンク、WORST、寄生獣。

ぼくだけでなく他の仲間も集まって、彼の部屋で過ごした多くの時間はぼくの青春でした。

時間が流れて、彼は就職し、ぼくは俳優になりました。

おそらく彼はぼくの出演した全ての舞台を観ている唯一の皆勤賞です。

舞台に出ることを伝えただけで、当時の仲間と来てくれます。

予定が合わないときは一人でも来てくれます。

こちらが頼み込むことはありません。ただ、それが当たり前のように毎回来てくれます。

中にはヒドい舞台もあったと思います。

でも彼はぼくが出てるから毎回来てくれるのです。

社会人になった彼とぼくでは圧倒的に違ってしまうことがありました。

それはお金です。

彼は週5で働いて安定したお金を、ぼくは週7でバイトしてもお金が貯まりません。

舞台の出演料なんてあってないようなものです。だから出れば出るほど赤字。

でもそれが俳優を目指すということです。

彼には彼の新たな世界が、ぼくにはぼくの新たな交友関係ができたので以前ほど頻繁に会うことはなくなりましたが、それでも年に一度くらいはかつての仲間と共に食事をしていました。

お金がないぼくに仲間はいつもご馳走をしてくれました。

それが嬉しくも悔しく、歯痒い時間でした。

そしてぼくと彼は、学生のときのようにわざわざ二人で会うようなことはなくなっていました。

仲違いしたわけではありません。

ただ、時間が流れたのです。

やがて彼が引っ越して、後の奥さんとなる女性と共に暮らし始めました。

それがこの街です。

横浜に住んでいたぼくにとっては特に思い入れのない街でした。

それから更に時間が流れ、ぼくもこの街で暮らすことになりました。

自分が求めている条件と照らし合わせた物件を探しているときにたまたまこの街を紹介してもらったので、彼と同じ街で暮らすことになったのは偶然です。

というかぼくは共通の友人にそのことを聞くまで彼がここに暮らしていることを忘れていました。

近くに住んでるならとぼくは彼は、同じく近くに住んでる友人を交えてちょこちょこ会いました。

それが去年の話です。

学生のときの保護者の話ではないですが、ぼくにとって彼はやはり頼りがいのある人間で、彼が近くに住んでるというのはどこかぼくの不安定な暮らしを安心させる材料でした。

そんなある日、彼から飲みに誘われました。

いつも別の友人と飲んでる流れで合流していたので、前もって誘われるというのは珍しいなと思いました。

「ご馳走するから好きなもん食べろよ」と中華料理をたんまり食べて、お酒もたっぷり飲みました。

思えば二人きりで飲むのは何年ぶりだろうと考えていました。

ぼくと彼は帰る方向が途中まで一緒で、二人で酔いながら歩きました。

コンビニの前でちょうど二手に分かれます。

彼はまっすぐ、ぼくは通りを渡ります。

彼は別れ際に言いました。

「テツ、俺東京離れるわ」

彼は奥さんの生まれた街で暮らしていくことをぼくに教えてくれました。

ぼくにとって彼の存在がどこか安心材料であったことを知ってか知らずか、彼はわざわざ二人きりで食事をした帰りにその話をしてくれました。

彼と別れたあと、自分の家へと向かう道で、ぼくはぼくと彼の人生の違いについて考えていました。

ぼくが売れない俳優としてウロチョロしてる間に、彼は人生を大きく決断していたんだな、と。

彼の人生は間違いなく進んでいて、ぼくだけがいつも同じ場所にいる。

コンビニの前で二手に分かれるように、

彼はまっすぐ進み、ぼくは迂回をしているような気になりました。

これでぼくをテツと呼ぶ人間は東京に一人だけだなぁ…なんて思ってもいました。

彼の東京さよならパーティーは学生時代からお馴染みのメンバーでやりました。

彼と彼の奥さんの分を残りの皆で負担して美味しい料理を食べました。

その二次会。店を変えて再度飲みが始まったときに彼が言いました。

「テツ、腹減ってるだろ。好きなもん食べろよ」

彼は自分の送別会でもぼくのことを気にしてくれていました。

そして二次会のぼくの分を払ってくれました。

払わせるわけにはいかない感情と、現実の懐事情。

このときの嬉しくて情けない気持ちは生涯忘れないでしょう。

これがぼくが大きく人生を変えようと決意したキッカケのひとつです。

そして彼は東京を去りました。

「俺の地元からすれば埼玉は東京だから」

と、かつて言っていた彼は12年以上東京に住んで、あっさり東京を離れていきました。

それはとても鮮やかで惚れ惚れする思い切りでした。

こうして彼がいなくなった街に、ぼくはひとり残り続けています。

将来は不安です。でも自らの手で掴む未来は楽しみでもあります。

彼がいた、彼と過ごしたこの高円寺という街が好きです。

だからぼくは、この街で頑張ってみようと思います。

いつか彼がぼくを心配しないで済むその日まで。

<追伸>

「芝居やるときは早めに連絡くれよ!東京に行く口実にするから!」

と、彼から連絡が来ました。

どうやら彼の皆勤賞はまだ続きそうです。

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