コラム(不定期更新) 怖いネカフェの話

川崎登戸殺傷事件「無敵の人」はアンデッド。対策は攻撃ではなく回復を与えよ。

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こんにちは、小野哲平です。

この記事は2019年(令和元年)5月28日に起きた川崎市登戸通り魔事件の数日後に書かれた記事です。

 

川崎で起きた悲しい事件を受けて、ネット上で「無敵の人」という言葉が注目されています。

 

無敵の人

皆さんはこの言葉、ご存じですか??

 

今回はこの「無敵の人」についてぼくの考えを書きますが、川崎登戸殺傷事件の犯人がこの「無敵の人」であるかどうかはここでは一切論じません。

 

しかし、この「無敵の人」という存在は現代社会に生きる全ての人間が知っておく必要があるとぼくは思います。

何故ならば彼らは確実に存在しているから。

 

得体の知れないモノとして捉えるのではなくこういう人間、もしくは種族がいるという事実を認めたうえで、我々は現代社会を生きていかなければいけません。

なので今日は「無敵の人」という言葉の紹介とその質感、それからその存在を認めたうえでどうしていくべきなのか、ぼく個人の意見を書きます。

 

最後までお付き合いください。

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無敵の人とは

無敵の人。

 

その言葉からはスーパーマリオのスター状態のように「何をされても大丈夫」が連想されます。

まさしくその通り。

 

無敵の人とは何をされても大丈夫な人、つまり「失うモノが何もない人」のことを指します。

無敵の人は「失うモノが何もない人」。失うモノが何もないので社会的な信用が失墜する事も恐れないし財産も職も失わない、犯罪を起こし一般人を巻き込むことに何の躊躇もしない人々を指す。

ひろゆき氏が提唱

もともとこの言葉は2ちゃんねる創設者のひろゆき氏が2008年頃に自身のブログで提唱したもので、その内容は以下の通りです。

逮捕されると、職を失ったり、社会的信用が下がったりします。
元々、無職で社会的信用が皆無の人にとっては逮捕というのは、なんのリスクにもならないのですね。

花輪和一さんの刑務所の中とか読んじゃったりすると、「刑務所もそんなに悪いとこじゃないのかもねー」とか思っちゃったりもするかもしれません。(中略)

でも、現在はインターネットを使った犯行予告をすることで、警察官を特定の場所に動員したり、飛行機を遅らせたり、警備員を走らせたりするぐらいの発言力が手に入ってしまっているわけです。

彼らは、それなりの社会的影響力を行使できる状態にあるのですね。

でも、欲望のままに野蛮な行動をする彼らを制限する手段を社会は持っていなかったりするわけです。

ちなみに個人的に、こういう人を「無敵の人」と呼んでいたりします。

出典:ひろゆきの公式ブログ

ニコニコ大百科の引用も載せておきます。

無敵の人にとっては犯罪を起こす事など何の抵抗もなく、逮捕されることは社会からの追放ではなく「まぁいいか」程度の環境の変化に過ぎず、死刑を課したところで「生きることに執着していない」ため、自殺の手伝いにしかならない。寧ろ「自分が本当に警察ほか多くの人間を動かして見せた」事にこそ満足感や充実感を覚える無敵の人にとって、逮捕は予定調和のゴールに過ぎない。引用:ニコニコ大百科

気持ちは分かる

正直、ぼくも気持ちが少しわかります。

 

ぼくも全くお金がなくて1日メロンパンひとつで生活している時期がありました。お金がないと心が荒みます。バイトをしていても食事をしていてもいつも残金のことが頭から離れません。

関連記事心の平穏を保つにはお金が必要。お金がない状態は精神を病みます。

 

お金を使うことが怖くてどこにも行けなくて、友人とも疎遠になります。まさに悪循環。

ほぼ毎日働いているので肉体疲労も蓄積され、思考もネガティブになります。

 

そうなってくると何の為に生きてるのか分からなくなります。

 

ただどこかにお金を支払うだけ、奪われるだけの労働。

「こうなる前になんとかしろよ」と思う方も沢山いると思いますが、それは誰よりも自分が強く思います。

 

どうしてこんなことになったんだ…という強迫観念が自分をどんどん追い込んでしまうのです。

 

そしてしまいには全てがどうでもよくなり、なんでも「まぁいいや」と思えるようになってしまいます。

 

こんな風に人生がどうでもよく思えることありませんか?

 

それが直接殺人に結びつくかは別問題として、人間関係や金銭問題で悩みまくるとその果てにあるのは限りなく「無敵の人」に近い状態です。

無敵の人は遠い存在ではない

諦めちゃった人

ぼくが6年間働いていたネットカフェにはそういう方が沢山いました。

 

闇金ウシジマくんとか読んでもらうとよく分かりますが、ネットカフェは生活(人生)に行き詰まった方が辿り着く場所でもあります。行ってみれば終着駅のひとつ前。

なので利用客には結構ギリギリな方が多いです。

 

もちろん表向きにはカップルなり漫画好きの方が多く利用するイメージですが、その裏側では帰る場所がなくて何ヵ月も寝泊まりしてる方や追い詰められて気が触れてしまった方も少なくありません。

 

今は知りませんが当時はうちのネットカフェは完全後払い制でした。

何時間利用しても精算は最後です。

 

なのでお金を持っていない状態で入店してしまう方が一週間に一度くらいいました。

何時間利用しても後払いだったので未払いが多かった。

お金がないことを誤魔化したり、警察呼ぶのを嫌がる人がほとんどなのですが、ごくまれに警察を呼ばれることや従業員に怒られることを何とも思わない人がいます。

 

ぼくの働いていたネットカフェではそういう人を「(人生を)諦めちゃった人」と呼んでいました。

今思えば彼らは「無敵の人」でもあったんだと思います。

警察に怒られるときも連れて行かれるときも顔色ひとつ変えずにその場にいました。

 

得体の知れない気味悪さと、何が彼をそこまでさせてしまったんだろうという興味が混ざり合う、ネットカフェ店員時代はそんな体験を幾度となくしました。

関連記事【閲覧注意】インターネットカフェ事件簿。警察沙汰は日常茶飯事。長くバイトすると人生観が変わります。

無敵の人はアンデッド

「無敵の人」という言葉のセンスや定義はさておき、実際問題としてこういう人が社会に存在しているということをやんわりでも知っておく必要があると思います。

 

年々広がっていく格差社会が生み出した悲しいモンスターです。

ここで言う格差は収入面だけではなく人に与える影響力や社会との繋がりも含みます。

ここで理解しておきたいのは、無敵の人には一切の攻撃が効かないという事実です。

  • 職がないから会社がクビになる怖さがない。
  • 友達も恋人もいないから孤独になる怖さがない。
  • そもそも死ぬことすら何とも思っていない。

通常の人間は攻撃をされたらダメージを受けます。

 

でも「無敵の人」には世間一般の攻撃は通用しないのです。

彼等は幾ら攻撃しても死なないゾンビです。

攻撃ではなく回復を

どうして社会との断絶を恐れないのか?

それは社会との繋がりが既に断たれているから。

 

元々繋がっていないモノを断たれてもそれは恐怖ではありません。

だからこそ彼等に必要なのは「社会との繋がり」です。

どんな形にせよ人生に楽しみがあれば「無敵の人」は無敵ではなくなります。

 

ゲーム内でもそうだったようにアンデット系のモンスターには回復魔法を使うことでダメージを与えることができます。

 

この場合はダメージと呼ぶのは適切ではないかもしれませんが無敵の人になりかけてる人を通常の人に戻す、そういう意味での回復魔法が必要だとぼくは思います。

 

そしてこの事実を皆が知っておく必要があります。

 

何故なら無敵の人予備軍は至る所に溢れているからです。

無敵の人はレアケースなんかじゃない。近くの人がそうならないように回復魔法で助けてあげるんだ。
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